2016年12月に劇場公開された「僕は明日、昨日のきみとデートする」の予告編はこちら
小説から映画化 僕は明日、昨日の君とデートする
映画化される前、原作の小説が本屋さんの目立つところに並べられており、なんとなく購入・読了してこのお話を知りました。
その後、映画化され、お!と思ったのを覚えています。
原作の小説と映画では、変わっているところも少々あり、もしかしたら受け入れられない方もいらっしゃるかもしれません。
感想・考察
私はこのストーリーの醍醐味は、本編で起こっている不思議な出来事の「理屈」ではなく、主人公の高寿と、ヒロインの愛美の記憶と感情の揺れにあると思います。
文字だけで自分の想像力のみで二人の様子を追っていくのと、俳優さんたちの演技を通していくのとでは違った味わいがあるなと感じました。
そもそもこの「ぼく君」は、高寿と愛美が、どこにでもあるような普通の、けれどそれ故にかけがえがないような、そんな思い出を育んでいくことでストーリーが進みます。
しかし、二人の間には決定的な違いがあります。
それが時空の流れです。
本来、逆方向に流れている二人の時空。
つまり、自分がかけがえのない、大切な相手と思い出を積み重ねていけばいくほど、相手は自分との思い出を知らない存在になっていくのです。
気持ちと思い出は切っても切り離せないもの。
自分がこんなにもたくさんの思い出を抱きかかえているのに、相手はそうじゃない。
逆向きに流れている時空の「調整」のせいで、学生同士であるふたりには別れが訪れます。
つまり、自分が一番たくさんの思い出を抱えているときに、別れなければいけないのです。
これらのルールを高寿に教えるのは、愛美です。
つまり、高寿にとって「初めて」愛美に会う時、高寿はルールを知らないので、愛美はもう会えない、思い出をこれ以上育んでいけない大切な人に「はじめまして」という名の「さようなら」をするのです。
さて、なぜ二人はであったのか、二人の接点が何だったのかですが、これはお互いの幼少期に遡ります。
二人とも幼いころ、命の危機に晒されるタイミングがあって、それを助けるのが大人(中年?)の相手です。
つまり、高寿は幼いころ、大人の愛美に、愛美は幼いころ大人の高寿い命を助けられ、お互いが憧れの存在として、お互いの心と記憶の中にいたのです。
目の前にいる大切な人は、幼い自分の命の恩人。
とても切ない別れは、過去の自分にとって、そして今ある幸せ(命を助けてもらってから成長した今、と言う意味)のためには、避けられないもの。
そして次会うときは、幼い相手の命を救う時。
その時はたくさん話ができるわけでもなければ、今、自分が抱えている恋愛感情を向けるような相手でもないということ。
「じゃあ何なんだ、どういう関係なんだ」と言われれば、上手く説明はできないけれど、「大切な人」であることには変わりないということ。
この映画は、そんな儚い切なさを帯びた物語です。
映画「僕は明日、昨日のきみとデートする」のレビューを調べてみた
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作品情報
キャスト
- 南山高寿 – 福士蒼汰・・・「カイジ ファイナルゲーム」、「ザ・ファブル」に出演
- 福寿愛美 – 小松菜奈・・・「渇き」、「来る」に出演
- 福寿愛美(中学生時代) – 清原果耶・・・「ジョゼと虎と魚たち」声優
- 林 – 山田裕貴・・・「研修医 朝顔」、「万引き家族」に出演
- 上山正一 – 東出昌大・・・「コンフィデンスマン JP」シリーズに出演
- 南山 たかもり – 大鷹明良
- 南山 えいこ – 宮崎美子
ロケ地は、どこなの?
ロケ地は、京都市動物園になります。
日本で2番目に歴史がある動物園と言われており、
デッサンの課題でキリンの絵を描いていた高寿が愛美と再開するシーンの舞台となっています
主題歌
主題歌は、back numberの「ハッピーエンド」になります

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