映画「ベンジャミンバトン 数奇な人生」は、実話なのか?

ベンジャミンバトン 洋画
この記事は約15分で読めます。

実話なのか?若返る病気は、あるの?

残念ながら「ベンジャミンバトン数奇な人生」は、実話ではありません。また、若返っていく病気も存在しません。

似た病気として、早老症(そうろうしょう)と言われる老化が実際の年齢よりも早く症状が進む病気はあります。

早老症について詳しく知りたい方は、以下のサイトを参考にしてみてください。

院長先生のコラムにてわかりやすく記事が書かれています。

「ベンジャミンバトン 数奇な人生」を考察

脚本のエリック・ロスは、ブラッド・ピットがもともともっている人間性によって、ベンジャミンがもつ特異な側面でさえ、自然に見せたと指摘する。

「ブラッドがベンジャミンをいわゆる“普通の男”として演じきったところがすごい。おそらくブラッドは、実際にベンジャミンに共感する部分があって、それが“ある役を演じる”という枠を超えさせているんじゃないかな。彼は、人とは違う人生を歩むということがどんな感じか、理解しているんだよ」

ニューオーリンズの時代を超えた雰囲気は、この映画のさまざまな時代にピッタリとはまった。

「映画の中では、あからさまに時間の経過を示さずに、それぞれの時代をはっきり描くことがとても重要だったんだ」と美術監督のドナルド・グレイアム・バートは言う。

「同じセットの中で自然な時間の経過の雰囲気を創り出すことはもっと大事だった。セット・デコレーターのビクター・J・ゾルフォと話し合い、セットのどの要素を変えるべきか、どれをそのまま残すべきかを決めていったんだ。どの要素もちゃんと理由があってそこに置かれることが大事だったんだ。隙間があるから埋めるとか、変化をつけるというだけのためじゃなくてね」

デビッド・フィンチャー監督がそれぞれのセットに生み出したいと思ったのは、誰かの家の屋根裏部屋から持ち出した、ごく普通の人生を送っている素朴な一家の写真で埋まっているアルバムをめくっていくような雰囲気だ。

「僕たちは、ベンジャミンの人生で大事な出来事が起こる場所、とくにノーラン・ハウスと、ベンジャミンがエリザベスと出会うムルマンスクのホテルについては、それぞれ架空の歴史を考え出した」とゾルフォは言う。
撮影のどの段階においても、ストーリーの核にある本質的な真実を育むような、説得力のあるリアリズムを創り出すことが絶対的な課題だった。

「このストーリーには、寓話的な要素がたくさんあるとはいえ、リスクを冒してでも、できるだけリアルに描きたいと思った」とフィンチャーは説明する。

「僕はこの映画を『昔あるところに……』のような昔話の世界にはしたくなかった。俳優たちに思い込みで演技をさせたくなかった。観客に勝手に想像させたくなかった。美術監督に突拍子もないセットを作らせたくなかった。場所の様子、人々の服装、彼らのメガネや補聴器など、すべてが時代に合っていなければならなかったんだ」

一生に一度の出逢い― 生涯、心に残る感動作の誕生

80歳で生まれ、年を取るごとに若返っていく数奇な運命の下に生まれた、ベンジャミン・バトンの物語。

一瞬、一瞬を、大切に生きていますか―?

全ての出逢いを、胸に刻んでいますか―?

これは、そうせずには生きていけない、特別な人生を送った男の物語。

彼の名は、ベンジャミン・バトン。

80歳で生まれ、若返っていった男。

20世紀から21世紀にかけて、変わりゆく世界を旅した男。

どれだけ心を通わせても、どれほど深く愛しても、出逢った人々と、同じ歳月を共に生きることができない、その運命。

―それでも、人生は素晴らしい―主演はブラッド・ピットケイト・ブランシェット

「グレート・ギャッツビー」のF・スコット・フィッツジェラルドの短編小説を『セブン』『ファイト・クラブ』のデビッド・フィンチャー監督が映画化。

あなたも、ベンジャミンの瞳で世界を見れば、人生を愛さずにはいられない。

このストーリーの映画化は、ドラマチックな面だけでなく、技術的にも難易度が高く、大胆なアイデアだと思われた。

「たった1本の映画の中で、揺りかごから墓場まで、山や谷にあふれたひとつの人生をどうやって巧妙かつ簡潔に創り出せる?」とケネディは考え込む。

「エリックの脚本では、それぞれの瞬間に生まれる感情が、あとになって心に響いてくるの。どこかをごまかそうとすれば、そのすばらしい体験が弱まってしまう。だから、人生全体を創り出すには時間がかかると最初から覚悟していたわ」

ブラッド・ピットにとって、ベンジャミンを演じる唯一の方法はすべてを、どの年齢の彼をも自分で演じることだった。

それはもちろん、制作上でもっとも大きなチャレンジのひとつとなった。

「ブラッドは、ベンジャミンの生涯を通して完全に演じられなきゃやらないと言ったんだ」とフィンチャーは言う。

「キャサリンとフランクは、どんな方法でそれを実現させるのかに興味津々だったな。

僕は、『分からないけど、なんとか考える』と言っておいたよ」
ブラッド・ピットもベンジャミンの生き方に深く惹きつけられた。

「そのキャラクターがどんなことをやれるのかを、役を引き受ける判断基準にする俳優が多い」とフィンチャーは言う。

「ベンジャミンは物理的に多くのことを“する”わけではないが、彼が経験することといったら、いや、もうすごいよ。この役にはブラッドはピッタリだった。彼レベルの俳優でなければ、弱くなってしまうタイプの役なんだ」

あらすじ

「私はベンジャミン・バトン。変わった境遇で生まれてきた。第一次世界大戦も終わり、生まれるには最高の夜だった――」
1918年、ニューオーリンズ。

黒人女性クイニー(タラジ・P・ヘンソン)は、置き去りにされた赤ん坊を拾う。

ベンジャミンと名づけられたその男の子は、すぐにクイニーが営む施設の老人たちの中に溶け込んだ。

なぜなら彼は、80歳で生まれてきたからだ……。

“母親”クイニーの惜しみない愛情に包まれて、ベンジャミン(ブラッド・ピット)は成長していった。

車椅子から立ち上がって歩き出し、しわが減り、髪が増え……そう、ベンジャミンは日に日に若返っていったのだ。
1930年、感謝祭。その日、ベンジャミンは、将来自分の人生を変えることになる少女と出会う。

施設の入居者のフラー夫人を訪ねてきた孫娘、6歳のデイジーだ。

ふたりはすぐに心を通わせ、ベンジャミンは自分の秘密を打ち明けるが、デイジーはそのことを既に魂で感じていた。
ある日、ベンジャミンは働かないかと誘われてマイク船長(ジャレッド・ハリス)の船に乗り、さまざまな“初めて”を体験する。

海、労働、女性、帰り道に声をかけられた男と飲んだ酒。

男の名はトーマス・バトン(ジェイソン・フレミング)、ボタン製造会社のオーナーだ。

実は彼こそが、ベンジャミンを捨てた父親だった。

出産直後に亡くなった妻との、息子を守るという約束を果たせず、後悔の日々を送っていた。
1936年、ベンジャミンは皆に別れを告げ、デイジーには「どこへ行っても葉書を出す」と約束して、再び海へ出る。

やがて、英国のスパイの妻であるエリザベス・アボット(ティルダ・スウィントン)と恋におち、男として愛される幸せを知る。

だが、その恋は短命だった。

1941年、太平洋戦争が始まり、エリザベスは消え、ベンジャミンの船は戦争に駆り出される。
1945年、戦いで大切な友を亡くしたベンジャミンは家に帰り、すっかり美しく成長したデイジー(ケイト・ブランシェット)と再会する。

彼女は、ニューヨークでモダン・バレエのダンサーとして活躍していた。

心の片隅では、いつもベンジャミンを思いながらも、若きデイジーはまだ、自分だけの人生に夢中だった。ふたりはまた、別々の時を進む。
ベンジャミンと再会したトーマスは、遂に自分が父親だと打ち明ける。

不治の病で余命わずかのトーマスは、ベンジャミンの母との幸せな出会いを語り、ボタン工場や屋敷など全財産を譲りたいと申し出るが、ベンジャミンは「僕の家に帰る」と静かに立ち去る。

それでもベンジャミンは、父の最期の日々にそっと寄り添うのだった。
1962年、喜びも悲しみも、孤独も知った人生のちょうど真ん中で、遂にほぼ同じ年齢を迎えたふたりは結ばれる。

愛に満ちた幸せな日々の中で、ふたりは恐れ始める。

やがてまた、時に引き裂かれることを。

日に日に若返るベンジャミンは、ある決意をするのだが……。

果たしてふたりは、求め続けた“永遠”~時を超える愛~を、見つけることができるのか――?

デイジーはベンジャミンの人生にかかわってくる多くの人々のひとりだ。

「ベンジャミンはビリヤードの突き球みたいなもの。そして、彼が遭遇する人々すべてが彼に何らかの痕跡を残していく」とフィンチャーは説明する。

「それが人生というものなんだよ。ほかの人や出来事に遭遇することでできる“へこみ”や引っ掻き傷の集合体が人生なんだ。それによって、ほかの何者でもないベンジャミンという男が出来上がった」

「僕はこの“へこみや傷”というアイデアが気に入っている」とブラッド・ピットは言う。

「人は出会った相手に何らかのインパクトを与え、印象を残していく。そこには、どこかとても詩的で、受容的な雰囲気がある。それは別に投げ出すわけではないよ。自分が求める何かのために頑張るのをやめるということでもない。人生の必然性を受け入れるということなんだ。人は僕らの人生に入ってきては去っていく。人は去るものなんだ。それが選択によってであろうと、死によってであろうとね。自分自身がいつかは去るように、人は去っていく。それが必然性というものだ。それとどう向き合うかが問題になってくる」

ブラッド・ピットはこの考え方を友人でもある監督と共有している。

「この映画が掘り下げていくのは、人は自分自身の生き方に責任があるという信念で、それはデビッド自身の考え方でもある」と彼は言う。「僕たちは自分の成功にも失敗にも責任があり、ほかの誰かのせいにするべきではないし、誰かに功績を渡してしまう必要もない。運命もある程度は関係するけれど、結局のところ、その結果をもたらしたのは自分自身なんだ」

ベンジャミンの養母クイニーは彼の生涯を通してこう語りかける。

「人生に何が待っているかなんて誰にも分からないものよ」
ベンジャミンは1918年、第一次世界大戦終結のニュースで沸くニューオーリンズで生まれた。

普通なら、いい夜に生まれたと言えよう。

彼の母は出産で命を落とし、父は息子の姿に恐れおののき、生まれたばかりの息子を、ノーラン・ハウスという老人ホームの階段に置き去りにしてしまう。

そこでベンジャミンは、ホームを仕切っているクイニーに引き取られる。
タラジ・P・ヘンソンは、実は、このプロジェクトがまとまるかなり前からクイニー役を射止めていた。

フィンチャーのキャスティング・ディレクターであるラレイ・メイフィールドが、『ハッスル&フロウ』での彼女の演技を見るようにフィンチャーをさりげなく誘導したからだ。

「タラジのエネルギーと母性にみんな、圧倒されたんだ」とフィンチャーは思い返す。

「クイニーがもつ温かさ、人を外見で判断しない資質などすべてをタラジはもっていた」
クイニーは、多くの人が生涯かかってもできないような仕事をしている。

「クイニーは死にどう向き合えばいいかを知っているの」とヘンソンは言う。

「それと同時に、彼女は無条件の愛にあふれた女性。人種差別が一般的だった時代に白人で、しかも普通ではない状態で生まれてきた子供を引き取る彼女は、そういう外見的な違いはまったく意に介さず、彼を愛することができるの」

クイニーという人物はとても個人的なレベルでヘンソンに訴えかけてきた。

「この役を演じるのは私にとって、とても精神的な意味が大きかった」と彼女は打ち明ける。

「当時、私は父を亡くしたばかりだったの。私は父を心から恋しく思っていたし、父が予測していたとおりに私が生きていく様子をそばで見守ってほしかったけど、まるで父の死は私がクイニーに近づく旅の一部のように感じられた。父が病気のとき、私たち家族は父を決して独りぼっちにしないと誓ったの。だから、いつも誰かが父のベッドのそばにいた。父が旅立ったのは私がそばにいたときで、それは父が私なら耐えられると知っていたからなの。この役を演じることで、私は悲しみを乗り越えることができたし、その悲しみを役作りに生かせた。演技というものはとても大きな癒しにもなるのよ」

父親を見送ったベンジャミンは、ニューヨークのデイジーを訪ねる。

ダンサーとして絶好調で、新しい恋人や仲間に囲まれたデイジーは、ベンジャミンを冷たくあしらう。

しかし、公演旅行で世界中を旅するデイジーの心の片隅には、いつもベンジャミンがいた。

ベンジャミンがタグボートで旅をしている間、デイジーも自分の人生を歩み、ニューヨークでバレエ団に加わる。若さの絶頂にいる彼女は、あふれんばかりの感情で大胆な行動に出たりする。

「これは、『あなたなしでは生きていけない』というような、互いに依存し合う関係ではない」とフィンチャーは言う。「彼らは互いを待っているわけではないんだ。それぞれ、ちゃんと異性との関係はもっているしね。彼らはそれぞれの人生を歩んでいる完全に独立した個人であり、それが楽な道のりではないと知りながらも、ある一定の時間を共に過ごすことを選ぶ」

ふたりの道は分かれてはまた交わり、それはフィンチャーが「甘美な瞬間」と呼ぶときまで続く。

そして、ようやく、ふたりは結ばれるべくして結ばれる。

「彼らはまさにそうあるべき瞬間に、あるがままの自分になるように宇宙に仕組まれたんだ」とフィンチャーは言う。

「ふたりが結ばれるとき、観客はきっとホッとすると思うよ。このタイミングならいい。そうなって当然なわけだからね」
ベンジャミンの世界に住むデイジーやほかの人々は、ストーリーが展開する中でそれぞれの人生の起伏を経験する。

中心的なストーリーと関連して、あるいは表に出ない部分で、彼らの物語はこの映画のタペストリーに欠かせない糸なのだ。

ジャレッド・ハリス演じる、このゴマシオ頭の船長は全身に刻んだ刺青を通して隠された自分を明らかにしていく。

ハリスはマイク船長をこう表現する。

「彼は挫折感、欲求不満を抱き、酔っ払いで、うっぷんを抱えた芸術家のなりそこない、みたいな感じ。彼は父親に抵抗できずに、家業を継いだ」
自分も父親との確執があったにもかかわらず、マイク船長はベンジャミンにとってもうひとりの父親的存在となる。

「父親というのは、人生で恐ろしく大きな影響力をもつ存在だよね」とハリスは言う。

「そして、このストーリーの中では、男性キャラクター、そして父と息子の関係は、非常に大きな根本となるものなんだ。マイク船長は、ある意味、悪い父親とかおじさんみたいな感じで、人生の不道徳や喜びをベンジャミンに教える。彼はまた、ベンジャミンに海での生活を見せ、それによってベンジャミンは世界を見て回ることができるんだ」
だが、マイク船長もティジーと同様に、あくまでも父親“代わり”だ。

ほんとうの父トーマス・バトンは、ベンジャミンをノーラン・ハウスの階段に置き去りにした。

「トーマスは、怒りと将来に対する不安をすべて息子のせいにする」と言うのは、トーマスを演じるジェイソン・フレミング。

「奇妙なことだが、妻を出産で失ったあと、彼は息子を捨てることにより、心の痛みから解放されると思い込んだんだ。だが、実際は、彼は残りの人生を悔やみながら過ごすことになる。その後悔の念に彼は永遠にとり憑かれるんだ」
ブラッド・ピットとフィンチャーの友人でもあるフレミングは、ロスの脚本に心酔したため、読んだあとで自らテープにセリフを吹き込んで売り込み、トーマス役を射止めた。

「僕がこの役をどう演じられるかを、デビッドとシーアンにぜひ知ってほしかったんだ」と彼は思い返す。

「これは僕が映画館で観たいと思うような映画になると分かっていた。その映画にどうしても参加したかったんだよ」

ベンジャミン・バトンを演じたのは、世界的な人気を誇るブラッド・ピット

その輝かしいキャリアの中で、アクション、コメディ、ラブストーリー、感動作………と、すべてのジャンルの役柄を完璧に演じてきたピットが、今度は年々若返っていくという誰も演じたことのない役どころに挑んだ。

ベンジャミンの生涯の恋人であるデイジーには、鍛え抜かれた演技力と磨き上げられた美貌で、常に観客を魅了するアカデミー賞®女優、ケイト・ブランシェット

ブラッド・ピットにとってベンジャミン役は、生涯を通して出逢う人々に反応しながら、精神的な成長を表現するという点で、これまでの映画では経験したことのないような複雑なチャレンジとなった。

「ベンジャミンの旅はとても内省的なものなの」と相手役のケイト・プランシェットは言う。

「はっきり目に見える肉体の変化を表現するというのは俳優として当然、難しいことだけど、それよりも、じっと観察し、存在感があり、出逢う人一人ひとりと深くかかわっていく人物を演じることは大変なものよ」

ロスにとって、このプロジェクトのコンセプトは、毎日の一瞬一瞬の密な体験、世界大戦のような大きな経験から、キスのようなちょっとした経験まで、あらゆる出来事を通して、人生という大きなカンバスを内省的に見てみる機会となった。

「このような壮大でありながらも、心の奥を深く描くストーリーの可能性を最大限に生かす脚本家としては、エリックはまさに理想的だった」とケネディは言う。

「彼は『フォレスト・ガンプ/一期一会』の脚本で、歴史的な時代背景を舞台にした親密で個人的な描写をものにし、細部まで豊かに描く才能を見せつけたわ」
人生を逆向きに生きるチャンスというものは理想的に思える。

「でも、そんなに単純なことではないんだ」とロスは言う。

「それは一見、すばらしいことに思えるかもしれないが、それは別の種類の人生になり、そこがこのストーリーのすばらしさだと私は思う。ベンジャミンは若返って生きていくとはいえ、ファースト・キスや初恋は普通の人生で経験するのと同じように彼にとって重要な意味をもつ。逆向きに生きようが、普通に生きようが、結局は変わらないんだ。大事なのはどう生きるかということなんだよ

本作のストーリーの構想を練り、脚本を書いている間に、ロスは両親を亡くした。「両親の死は、私にとってもちろんとてもつらいものだったし、それによって、物事に対して違う見方をするようにもなった」とロスは思い返す。

「このストーリーでは、私の心に響いた同じ部分に人々も反応するんじゃないかな」この映画が探っていくのは、時代と年齢を超えたところに存在するもの――人生の喜び、愛、そして喪失の悲しみ――である。

「デビッドと私は、これが自分のストーリーでもあり得ると観る人すべてに感じてほしいと思った」とロスは言う。

「結局、これはひとりの男の人生なんだよ。そこがこの映画の特別なところであり、同時に、とても普通のことでもあるんだ。ベンジャミンに影響を及ぼすものは、どんな人にも影響を及ぼす」

ベンジャミンの状況は完全に特異であるものの、彼の旅が浮き彫りにしていくのは、どの人間の人生の芯の部分にも存在する複雑な感情だ。

「私たちは生きていくうえで、さまざまなことを自問する。このストーリーはそこを突いてくる」とマーシャルは言う。

「1本の映画で、これほどさまざまな個人的な視点を引き出す作品はめったにない。60代や70代の人々の見方と、20代の人の見方は違うはずだしね」

監督は、デヴィット・フィンチャー

映画「ベンジャミン・バトン」のように独特な演出を行うデヴィット・フィンチャー監督についての記事がありますので、興味がある方は参照してみてください。

監督「デヴィット・フィンチャー」おすすめ代表作の映画
デヴィット・フィンチャーは、1962年生まれアメリカコロラド州デンバー出身の映画監督。 18歳で8mmカメラを用いて映画製作を始め、1986年にビデオ製作会社を設立し大手企業の多くのCMを手掛け一躍トップ・ディレクターになる。 ...

予告動画

コメント

タイトルとURLをコピーしました