洋画のおすすめ「シャッターアイランド」に騙されるな【好きな映画】

洋画

ディカプリオ主演

スコセッシ作品の一つの魅力は台詞回しにあると考えるのは私だけではないはずだ。

ジョー・ペシやロバート・デ・ニーロ、ディカプリオの会話から滲み出る覇気は、壮大なサウンドよりも観客の胸に突き刺さる強度がある。

それ故(ほとんどの外国映画がそうであるように)スコセッシ作品において吹き替えは作品の魅力を大きく削ることになるだろう。

もはや文章で説明することはこれ以上不可能なため、実際に劇場で体感してみてもらえれば良いわけだが、弾丸のように放たれて突き刺さる台詞のダイナミズムは『シャッターアイランド』において十分に機能していた。

精神疾患を抱える犯罪者を収容するアッシュクリフ病院は閉鎖された孤島に存在し、シャッターアイランドと呼ばれていた。

そこの隔離された島で、レイチェル・ソランドと呼ばれる女性収容者が忽然と姿を消す、連邦保安官であるテディ・ダニエルは失踪事件を捜査するべく、相棒チャックと共にシャッターアイランドを訪れたのだが・・・・・・
テディには、真の目的があった・・・。

その意味で『シャッターアイランド』は、医師や政府といった権力や権威の罠にはまり、思考や記憶を消されてしまう言論・思想の自由が抹殺された時代、すなわち赤狩りの時代を暗喩的に描いたミステリー作品と言える。

だが本作は「解釈の多様性」と「社会派映画としてのテーマ」や「赤狩りに対する批判を積極的に行うスコセッシ的作品」として愉しめるだけではない。

『シャッターアイランド』の最大の価値は、ジャンルを忘却させ、ジャンルの枠を越境する幻想シーンや悪夢シーン、および作品全体を取り巻く妖しげな雰囲気と世界観の表現性にあるのではないだろうか。

中でもディカプリオの鋭い苦悩的眼差しと彼の背景を取り巻く絵画のようなミザンセーヌに注目していただきたい。

ここで重要なのは『シャッターアイランド』が、そうした従来のスコセッシ作品の魅力に溢れる一方で、グロテスクで美的な背景と顔面の相互作用と異化効果が奇妙で謎めいた雰囲気を醸し出しているという、ある種の作家性と革新性の両方を兼ね備えているという点である。その意味で本作は、謎を前面に押し出し、「どんでん返し」を魅力にしただけの作品では収まりきれない価値と魅力のある映画作品と言えるだろう。勿論そうした表現性の巧妙さの数々と社会派的主題が、本格ミステリーというジャンル映画の中で表現されていた点も評価したい。そして映画の多面的魅力を武器にするスコセッシ映画の今後に期待である。

結末の解釈がなんにせよ、本作が記憶や思考の自由と抑圧、権力と市民の従属関係と迫害を描いていることは間違いないだろう。

洞窟の中に住んでいた女性と対話するシーンで「黒幕は政府だよ。あんたはハメられたんだ」「ドイツはユダヤ人を、ソ連は囚人を、我々はシャッターアイランドの患者を実験台にした」という台詞からも(たとえ主人公の妄想であったとしても)本作がアメリカの黒歴史である「赤狩り」の汚い仕事を主題に添えていることがわかる。

『カジノ』や『イングロリアス・バスターズ』Inglourious Basterds(09)『ヒューゴの不思議な発明』Hugo (11)などの撮影監督として知られ、アカデミー賞撮影賞を受賞しているロバート・リチャードソンの仕事は、悪夢のシーンや回想シーンで見ることができる。

まるでポスターを連続的に見ているかの如く洗練されたフレームの構図は、スコセッシ作品における表現の可能性をより拡張させるものとして大変に興味深い。

『シャッターアイランド』『ヒューゴの不思議な発明』に続いてスコセッシ作品がどのような映像表現で魅せてくれるのか、愉しみなところである。それともう一つ。

『シャッターアイランド』だけではなくスコセッシ作品に見られる声の銃弾も忘れてはならない。

本作『シャッターアイランド』は、そうした赤狩りの恐怖を暗喩的に描いたハリウッド映画の代表作ではないだろうか。

『真実の瞬間』にも出演していたマーティン・スコセッシ監督の『シャッターアイランド』は、言論と思想の自由が事実的に弾圧されていた赤狩りを暗喩的に描いた幻想ミステリーであり、社会派ミステリー映画の秀作と言える。

『シャッターアイランド』は赤狩りの恐怖をいかにして描いていたのだろうか。

この問題を明らかにするために、まずは本作の核となる物語を分析してみることにしよう。

『シャッターアイランド』は脚本の段階で非常に魅力的ではあるものの、本作を幻想ミスリーの傑作に至らしめているのは、映像表現の分野の貢献が大きいと思われる。

そもそも本作に謎と奇妙さを提供しているのが、プロットだけではないことに注目してほしい。

事実、船に乗って島にたどり着いた連邦保安官が島の責任者に女性囚人脱走の経緯を説明され、異様な悪夢を見るというプロットは、簡易的なミステリー(謎)しか生み出してない。

本作が非常にミステリアスだとすれば、それはスクリーン全体から滲み出る「異様さ」の表現があるからではないだろうか。

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