タランティーノ監督の映画「パルプフィクション」のレビュー!複雑に見える時系列について

洋画

まず、映画タイトルの「パルプフィクションとは?」どうゆ意味か?

「パルプフィクション」は、「安っぽい小説」と言う意味である

 

未見の方は是非この機会にその作家性を堪能してほしい。

遊び心溢れる台詞まわしと突発的なバイオレンスとともに、ラストには今まで味わったことのない映画的な余韻を味わえるはずだ。

この映画で何よりも素晴らしいのは、そんなトラヴォルタが演じるヴィンセントを始めとして、「キャラクターがみんな魅力的」ってことではないだろうか。
強盗事情を詳しく語るパンプキン、最初は懐疑的だったが納得すると荒っぽい口調で店内の人間に向かって凄むハニー・バニー、デタラメな聖書の一節を暗唱するジュールス、ツイストを踊るヴィンセントとミア、日本刀を振り回すブッチ、淡々と殺人事件の後片付けをする職人のザ・ウルフ。
何より、カッコ付けてるのがダサいんだけど、そのダサいところがカッコ良く見えるという、とても稀な映画なのである。

それと、当時のアメリカにおいて、ここまで時系列をグチャグチャにしたり、善悪の色分けがハッキリしていなかったりして、全てが混然とした映画というのは、目新しかったんじゃないかとも思う。
似たようなテイストを感じさせる映画って、今では色々と思い付くかもしれないけど、それはクエンティン・タランティーノが『パルプ・フィクション』によって作り出した潮流と言っていいだろう(ちなみに『レザボアドッグス』の影響を受けた作品も多く作られている)。
「物語の構成をグチャグチャに解体して自由に遊びまくった映画なら、ジャン=リュック・ゴダール監督がやっていたんじゃないの」と言われたら、それはその通りかもしれない。

だけど、たぶんゴダールを見ている人って、この作品の主な観客層と合致しないような気がするんだよね。
あと、ゴダールに娯楽映画としての面白さを感じ取ることが出来る人って、多数派だとは思えないし。

タランティーノは「かつて人気者だったが落ち目になった俳優」とか「過去にB級映画で活躍していたが今はパッとしない俳優」を起用して、輝かせることが得意な人だ(っていうか好きなんだろう)。
後に『ジャッキー・ブラウン』ではパム・グリアやロバート・フォスター、『キル・ビル』ではデヴィッド・キャラダインや千葉真一を使っていたが、この映画ではジョン・トラヴォルタを復活させている。
長く低迷していた(『ベイビー・トーク』はヒットしたけど)彼が第一線に返り咲いたのは、間違いなく本作品のおかげだ。

ハリウッド映画らしいスター共演も、アートを競う場ではマイナスのイメージで見られがちだ。しかし、タランティーノ作品にはアクの強いスターの存在は重要である。本稿ではスターの存在という切り口で『パルプ・フィクション』の魅力を探ってみたい。

ある程度の冗長さは映画の魅力に繋がっていると言えるし、退屈はしないけど、さすがに154分という上映時間は長すぎるかな。ただし、ひょっとすると2時間を遥かに超えた上映時間であることが、カンヌ国際映画祭の審査員がパルム・ドールに推した一つの要因になっているんじゃないかという気がしないでもないんだけどね。

パルプフィクションの複雑なバラバラの時系列

『パルプ・フィクション』というタイトルの示す通り、くだらない話の時系列をシャッフルすることで、もっと深みがあって面白い話のように見せ掛けているのだ(作品のジャンルは全く異なるが、日本では『呪怨』が同じ手法を使っていた)。

そのように書くと、それが悪いことのように思うかもしれないが、それはそれで1つのやり方だ。それに、時系列をシャッフルしたところで、ホントにダメな映画はそのことを隠し切れないから、やっぱり「ダメな映画」という印象になってしまうのだ。

 

 

バイオレントでファニー、なおかつ下品なセリフが飛び出す、そんな映画が、芸術性を競うカンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールを受賞したのは、快挙である。

授賞式でブーイングを発した観客に対して、タランティーノが笑顔で中指を突き立てるという痛快なオマケまで付いてきた。

強盗カップルのパンプキンと恋人のハニー・バニーは、レストランで標的にすべき場所について会話を交わす。

パンプキンは様々な場所で警備が厳しくなっていることを話し、この店を狙おうと持ち掛けた。

パンプキンの説明を受けたバニーは賛成し、2人は拳銃を抜いて「強盗だ!」「騒いだら殺す!」と怒鳴った。

ヴィンセントとジュールスはマフィアのボスであるマーセルス・ウォレスに命じられ、組織の金を横取りしたブレットの部屋を乗り込んだ。

ブレットの部屋には、彼の友人であるマーヴィンとロジャーもいた。

ジュールスはブレットを脅し、金を取り戻した。それからロジャーとブレットを射殺した。
ボクサーのブッチはマーセルスから八百長試合を持ち掛けられ、5ラウンドで負けることを承諾した。

ヴィンセントは出張するマーセルスに頼まれ、彼の妻であるミアの相手をすることになった。

ヴィンセントは事前に、ミアにマッサージをした男が嫉妬したマーセルスから酷い目に遭わされたことをジュールスから聞かされていた。

ミアはヴィンセントを引き連れて“ジャック・ラビット・スリム”というバーに入り、ツイスト・コンテストに誘った。
ミアを自宅まで送り届けたヴィンセントは、誘惑に負けずに立ち去ろうとする。

しかしミアがオーバードーズで意識を失ったので、売人のランスに連絡を入れて助けを求めた。

嫌がるランスと妻のジュディーが住む家に駆け込んだヴィンセントは、アドレナリンの注射を心臓に突き刺すよう促される。思い切ってミアに注射を打つと、彼女は息を吹き返した。

ヴィンセントはミアを自宅まで送り届け、今回の一件は内緒にしようと誓い合った。
ブッチは八百長試合でマーセルスを裏切って勝利し、相手選手を死なせてしまった。

彼は今回の試合に大金を賭けており、弟に電話を掛けて確認を取った。

エズメラルダという女が運転するタクシーでモーテルへ赴いた彼は、恋人のファビアンと落ち合った。

ファビアンは逃走のための荷物を運び込んでいたが、ブッチは大切にしている金時計が無いことに気付く。

それは曾祖父から受け継がれてきた時計であり、捕虜収容所で亡くなった父が戦友のクーンツ大尉に託してブッチの元へ届けられた形見だった。
アパートへ金時計を取りに戻ったブッチは、金時計を見つけた。

ハンドマシンガンに気付いて手に取った直後、トイレからヴィンセントが出て来た。

ブッチはヴィンセントを射殺し、車で立ち去った。

マーセルスを目撃した彼は、車でひき殺そうとする。

しかし失敗に終わり、マーセルスの発砲を脚に受けたブッチは逃げ出した。

質店に逃げ込んだブッチはマーセルスと揉み合いになり、彼の銃を奪って形勢を逆転させる。

しかし店主のメイナードに銃を向けられ、おとなしくするよう脅された。
ブッチとマーセルスはメイナードに捕まり、暴行を受けて椅子に拘束された。そこへ共同経営者であるゼッドが現れ、見張り役の覆面男を呼び出した。

ゼッドはメイナードと共にマーセルスを奥の部屋に連れ込み、彼を強姦する。

ブッチは拘束を解いて覆面男を殴り倒し、その場から逃走しようとする。

しかし思い直して店に戻り、日本刀を手に取った。彼は奥の部屋に乗り込んでメイナードを殺害し、マーセルスがゼッドに銃弾を浴びせた。

マーセルスは「お前との問題はチャラだ。このことは秘密にして街を出て行け」とブッチに告げた。

ブッチはファビアンの元へ戻り、彼女をバイクに乗せて街を出た。
ヴィンセントとジュールスがブレットとロジャーを始末した時、その直後に予想外の出来事が発生していた。

トイレに潜んでいた第4の男が飛び出し、銃を乱射したのだ。

しかし6発の銃弾は、ヴィンセントとジュールスにかすりもしなかった。

男を始末したジュールスは「神のおかげだ。奇跡が起きた」と言い、足を洗うと言い出した。

2人はマーヴィンを車に乗せるが、ヴィンセントが誤って射殺してしまう。

困ったジュールスは知人のジミーに頼り、彼の家で何とか問題を解決しようとする。

ジュールスはマーセルスに電話を掛けて、事情を説明した。

すると掃除人のザ・ウルフがヴィンセントたちの元へ派遣され、事後処理に取り掛かった…。

ギャングのビンセントとジュールスは、タレ込み屋のマーヴィンの情報をもとに、組織の裏切り者の部屋へ向かう。

部屋にはマーヴィンの他に、裏切り者のブレットとロジャーがいた。

ブレットたちはビンセントたちのボスであるマーセルスからアタッシュケースを盗んでいた。

ビンセントとジュールスはアタッシュケースを取り戻し、制裁にブレットとロジャーを銃で撃ち殺すのであった。

タランティーノ監督の最高傑作「パルプ・フィクション」

クエンティン・タランティーノが1994年に発表した『パルプ・フィクション』は、カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞するなど高く評価されている作品で、タランティーノ最高傑作だと言う人も多いです。

そこからあふれ出るクールなテンポの良いジョーク混じりの会話、ハッとさせる映像の構図、瞬発力に優れたバイオレンス、ビジュアルにマッチした音楽、往年の映画へのオマージュなどなどによって、彼の作品は映画ファンを大いに熱狂させてきた。

しかし、ここでミアが化粧直しにトイレに行くと言い放ち、この雰囲気を一旦緩めます。

ただ、ヴィンセントが目を向けた先に、モンローのセクシーな映画の再現シーンを交えて見せていることで、ヴィンセントとミアの期待感を無くしているわけではありません。

そんな風に説明すると、ってことは、クソみたいな映画なんだな。どうしようもない駄作なんだなと思うかもしれない。
ところがどっこい、これが困ったことに、面白く雰囲気が心地良。
この「無駄」こそが魅力だ。無駄話のテンポや喋り方や内容が絶妙で、飽きさせないように出来ている。

鑑賞者に、これからこの二人が親密になっていくであろうと期待をさせているわけです。

よくある他の映画でこの後のシーンを想像した場合、ここで親密な会話をしていたのなら、シーンはベッドの上というのが常套になりますね。

タランティーノ監督の主な作品の紹介

  • レザボア・ドッグス
  • パルプ・フィクション
  • キル・ビル二部作
  • イングロリアス・バスターズ
  • ジャンゴ 繋がれざる者
  • ヘイトフル・エイト
  • ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド
  • トゥルー・ロマンス
  • ナチュラル・ボーン・キラーズ
  • フロム・ダスク・ティル・ドーン

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